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信長死後の天正11年(1583年)

織田氏筆頭家老であった柴田勝家を賤ヶ岳の戦いで破った羽柴秀吉が台頭する。家康は信長の次男・織田信雄と手を結び、これに対抗した。そして徳川・織田連合軍は天正12年(1584年)3月、尾張小牧において羽柴軍と対峙した。このとき、羽柴軍の兵力は10万人、徳川・織田連合軍は5万人であった。家康は兵力的に不利であっ..
update:2009年09月12日
【名言ことわざ】
正宗も焼き落つれば釘の価